ワイヤレス給電/充電 (ワイヤレス電力伝送) の原理や、用途、そして電磁界解析の使われ方について、図解とともにわかりやすく解説します。

ワイヤレス電力伝送 (Wireless Power Transfer: WPT) は、ケーブルを使わずにデバイスを充電・給電することを可能にし、私たちの生活に革命をもたらしました。この革新的なアプローチは、特に自動車や家電製品などの分野において、効率性と環境への配慮を両立に重要な役割を果たしています。世界がより環境に優しいソリューションへと進むにつれ、ワイヤレス給電技術への関心と需要は着実に高まっています。

SimScaleは、エンジニアや設計者がワイヤレス給電システムを効率的に探索、設計、改良できるようなシミュレーションツールを提供しています。SimScaleの電磁気ソルバーの機能である時間調和磁気解析 (Time-Harmonic Magnetics) により、エンジニアがクラウドネイティブなシミュレーション機能を利用し、ワイヤレス給電のダイナミクスを解析し可視化することで、設計、性能、効率の最適化を支援します。

この記事では、ワイヤレス電力伝送 (WPT) の基礎、その多様なアプリケーション、そして SimScale を使ったワイヤレス電力伝送シミュレーションについて詳しく説明します。

ワイヤレス電力伝送_EV充電
図1: ワイヤレス電力伝送例: EV充電(提供: Plugless Power

ワイヤレス電力伝送技術の基礎

ワイヤレス給電/充電とも呼ばれるワイヤレス電力伝送 (WPT) は、電源コードのような物理的な接続や配線を必要とせずに電気エネルギーを伝送することを可能にします。その結果、煩雑さが軽減され、デバイスの充給電が手軽になります。ワイヤレス電力伝送には、下記のような複数の方式があります。

  • 非放射型 (Non-Radiative)
    • 電磁誘導 (磁界結合) 方式
    • 磁界共振結合 (磁界共鳴) 方式
    • 電界結合方式
  • 放射型 (Radiative)
    • 電波 (マイクロ波) 方式
    • レーザー (光伝送/光無線) 方式
  • 超音波方式

1. 電磁誘導 (磁界結合) 方式

電磁誘導方式 (Inductive Power Transfer: IPT) は、1970年代から実用化が進められてきた確立された技術であり、1991年以降、オークランド大学で大きな進歩を遂げてきました。この技術は、コードレス電話機から電動歯ブラシに至るまで、様々な機器のワイヤレス充電の基盤となっており、工場の輸送システムなどの産業用途においても重要な役割を果たしています。

磁界結合方式の原理は、電流を流すコイル (一次側) を通して磁場を発生させ、その磁場が近くのコイル (二次側) に電磁誘導によって電圧を誘起するというものです。この誘起電圧が二次側コイルに電流を発生させ、電力伝送を可能にします。磁界結合方式はファラデーの電磁誘導の法則に従います。

$$ \boldsymbol{EMF}=-\mathbf{N}\frac{\boldsymbol{d\phi}}{\boldsymbol{dt}} $$

ここで、\(\boldsymbol{EMF} \)は受信コイルに誘導される起電力、\(\mathbf{N} \)はコイルの巻き数、\(\frac{\boldsymbol{d\phi}}{\boldsymbol{dt}} \)は磁束の時間変化率です。磁界結合方式は短距離では非常に効率的ですが、送受信距離が短いため、その実用性は限られていました。

図2: 磁界結合方式のイメージ図

2. 磁界共振結合 (磁界共鳴) 方式

2007年にMITの研究グループが発表した磁界共振結合 (Magnetic Resonance Coupling: MRC) は大きな飛躍をもたらしました。MRCは共振現象を利用して最大2メートルの距離まで高効率な電力伝送を可能にし、ワイヤレス給電の実用化を大きく拡大させました。

この方法では、送信コイルと受信コイルを同じ共振周波数に調整することで、効率と範囲を大幅に向上させます。共振周波数は、以下の要素によって決まります。

$$ \boldsymbol{f}_{res}=\frac{1}{2\pi\sqrt{\boldsymbol{LC}}} $$

ここで、\(\boldsymbol{f}_{res} \) は共振周波数、\(\boldsymbol{L} \) はコイルのインダクタンス、\(\boldsymbol{C} \) は静電容量で、特定の周波数で共振するLC回路を形成します。MRCは、電気自動車の充電ステーションや人体内のデバイスへの電源供給など、エネルギー源と負荷を物理的にわずかに離すことが困難なケースに特に有効です。

磁界共振結合は短距離であれば共振を必要とせず効率的に電力を伝送できますが、長距離で高効率・高出力を実現するには、コイル自己インダクタンスを打ち消すために共振を引き起こす必要があります。磁界共振結合は、コンデンサを組み込んで共振LC回路を形成することで、漏れ磁束と漏れインダクタンスによる伝送効率低下を克服し、伝送効率と実用的な距離を兼ね備えたワイヤレス給電への道を切り開きました。

3. 電界結合方式

電界結合方式 (Capacitive Wireless Power Transfer: CWPT) は、導電板間の電界を使用してワイヤレスでエネルギーを伝送する方法であり、この方式は 1891 年にニコラ・テスラによって初めて実証されました。電界結合方式 (CWPT) では、送電側の電極と受電側の電極間に配置された誘電体に変位電流が流れ。静電容量は、以下の式によって定義されます。

$$ C=\epsilon_{r}\epsilon_{0}\frac{S}{d} $$

ここで、\(C \)は静電容量、\(\epsilon_{r} \)は誘電体の比誘電率、\(\epsilon_{0} \)は真空の誘電率、\(S \)は電極の面積、\(d \)は電極間距離です。電界結合方式は、家庭用電子機器、電気機械、生体医療機器など、磁気干渉を最小限に抑え、高い安全性が求められる用途に特に用いられます。電極の設計と動作周波数は、電界結合方式の伝送効率に影響を与える重要な要素です。

これまで電磁誘導方式 (IPT) は電界結合方式 (CWPT) よりも広く応用され、商業化されてきました。これは電磁誘導方式がより高い伝送効率と長距離に対応可能であることに起因しています。(電界結合方式は距離が長くなると式の通り静電容量が小さくなり、大電力の伝送には不向きなためです。)

4. マイクロ波方式

マイクロ波方式 (MWPT: Microwave Wireless Power Transfer: MWPT) は、マイクロ波 (電磁波) を利用して、長距離にわたってエネルギーを伝送します。
ビームの発散とRF-DC変換における効率の問題により、RWPTはこれまで困難を極めてきましたが、1970年代にウィリアム・C・ブラウンが開発した高効率レクテナなど、進歩を遂げ、現在では90%を超える効率を達成した研究結果も報告されています。近年の研究では、DC-RF変換からビーム伝播、RF-DC変換に至るまで、RWPTシステムの各部分を強化することで、効率損失を最小限に抑え、システム全体の性能を向上させることに重点が置かれています。

放射型ワイヤレス電力伝送 (RWPT) は、特に遠距離場アプリケーションに対して関心が高まっています。この成長は、RWPTとエネルギーハーベスティング技術がデバイスをより効率的に充電し、環境的に持続不可能なバッテリーへの依存を軽減する可能性によって推進されています。システムの継続的な改良と、ビーム伝搬および受信制御に関する理解が深まり、RWPTはワイヤレス電力伝送の将来において重要な役割を果たすことが期待され、長距離エネルギー伝送のソリューションを提供します[1]

5. 光 (レーザー) 伝送方式 (光無線給電)

光伝送方式/光無線給電 (Optical Wireless Power Transfer: OWPT) は、レーザービームを用いて長距離にわたりワイヤレスで電力を伝送する方式で、電磁干渉 (EMI) が極めて少ないのが特徴です。レーザーと太陽電池技術の進歩により、この方式はドローンや小型ガジェットなどのデバイスに効率的かつ安全に電力を供給するのに適しています。光無線給電のアイデアは1970年代に遡りますが、近年の効率性の向上、レーザーの高出力化、そして安全対策の進歩により、再び注目を集めています。より優れた技術によって安全な使用が保証され、ワイヤレス給電の需要が高まる中で、光無線給電は将来のワイヤレス給電において重要な役割を果たすことが期待されています。[2]

また、2025年5月にはDARPA (米国防総省・国防高等研究計画局) よりPOWER (Persistent Optical Wireless Energy Relay) プログラムの一環として、8.6キロメートル (5.3マイル) 離れたレーザーから30秒間の伝送で800ワット以上の電力を伝送したことを記録しました。[3]

6. 超音波方式

超音波方式 (Ultrasonic Wireless Power Transfer: UWPT) は、超音波を使用してエネルギーを伝送する新しいアプローチです。これは、水中や人体内など、電磁気的方法があまり効果的でない特殊な環境でデバイスに電力を供給する場合に特に役立ちます。

超音波方式は、トランスデューサーを用いて電気エネルギーを超音波振動に変換することで、電磁場や侵襲的な電池交換に伴うリスクを回避することで、体内に留置される医療機器にとってより安全な代替手段を提供します。現在のUWPTシステムのエネルギー伝送効率は20%から40%の範囲ですが、生体組織への影響が最小限であること、そしてユビキタスな音・振動環境におけるエネルギー再利用の可能性は、ワイヤレス電力技術の将来の進歩にとって大きな可能性を秘めています。[4]

ワイヤレス給電/充電の用途

ワイヤレス給電/充電は、スマートフォンの充電から電気自動車の電力供給まで、様々な用途に利用され、伝送される電力はμWから数kWまで多岐にわたります。ワイヤレス給電の普及により、様々な分野において持続可能性と利便性向上に向けて大きな進歩を遂げており、電池や電子機器の廃棄物削減と、再生可能エネルギーへの移行を促進します。ここで業界別の利用例を紹介します。

1. 産業用途

産業界において、ワイヤレス給電は従来の配線が通常ダメージを受ける過酷な環境下でも耐久性のあるソリューションを提供します。運用効率と安全性を向上させるだけでなく、メンテナンスコストも削減します。センサーや産業用ロボットへの電力供給におけるワイヤレス給電の導入は、安全性の向上と継続的な監視の確保におけるその役割を実証しており、産業プロセスの自動化と最適化に向けた重要な一歩となっています。[5]

2. 自動車産業

EV充電におけるワイヤレス給電の導入は、自動車業界に大きな変革をもたらしました。この技術は、静止状態と走行状態の両方での充電を可能にし、航続距離の不安やユーザーの利便性に関する懸念に直接的に対処します。EVにおけるワイヤレス給電技術の普及は、より持続可能な輸送手段への移行を示しており、二酸化炭素排出量と化石燃料使用量の削減に大きく貢献しています。[6]

3. 航空宇宙産業

NASAによる宇宙応用のためのワイヤレス給電技術の探究は、地球外におけるその可能性を浮き彫りにしています。衛星で収集した太陽エネルギーを他の衛星に送信したり、地球に送り返したりする能力は、ワイヤレス給電が長距離エネルギー伝送をサポートする能力を示しており、宇宙探査や衛星運用におけるエネルギー分配の新たな道を切り開きます。[7]

4. 電子機器産業

家電製品におけるワイヤレス給電の普及は、機器の給電方法を根本的に変えました。ワイヤレス充電は、スマートフォン、ノートパソコン、ウェアラブル機器の標準機能となっています。この変化はユーザーの利便性を高めるだけでなく、使い捨て電池への依存を減らすことで環境の持続可能性という目標にも合致しています。[8]

5. 医療分野

ワイヤレス給電は、医療用インプラントや医療機器への電力供給にも革新的なソリューションを提供し、従来の有線電源に代わるより安全な代替手段を提供します。この進歩は、患者の移動性と快適性を向上させ、リアルタイムの健康データの伝送を容易にし、よりパーソナライズされた効果的な治療に貢献します。[9]

図3:ウェアラブルメタマテリアルを使用した埋め込み型デバイスのワイヤレスネットワーク(クレジット:Nature

SimScaleによるワイヤレス充電ミュレーション

SimScaleのTime-Harmonic (時間調和解析) 機能により、ワイヤレス充電シミュレーションが可能になります。この機能は、マクスウェル方程式の時間調和近似に基づき、正弦波の時間依存性を示す電磁場を扱います。

SimScaleの時間調和解析により、渦電流や表皮効果などの現象を計算でき、ワイヤレス給電において、エンジニアが様々な材料や形状における電界・磁界への影響を正確に計算し、可視化することを可能にします。最大の電力伝送を実現するための最適なコイル配置の決定から、周囲の材料による潜在的な干渉効果の評価まで、SimScaleは最適なシミュレーション環境を提供します。

図4:アルミシールド電流密度分布
図5: 送信機と受信機間の磁束密度分布

SimScaleを使用したワイヤレス充電シミュレーションを設計プロセスに統合することで、いくつかの革新的なメリットが生まれます。ワイヤレス充電時の内部動作と、エネルギー伝送における電磁的挙動を把握できるようになり、SimScaleのクラウドを活用した並列計算により、大幅なコスト削減と、開発段階から設計、製造までの期間短縮につながります。さらに、SimScaleの共有機能は、条件設定からメッシュ、結果の可視化まですべて同一ブラウザ内で完結するため、チーム間でのコミュニケーションを促進し、遠隔地でも設計を最適化できる環境を実現します。

図6: 空芯コイルの磁束密度分布
図7: フェライトとアルミシールド配置時の磁束密度分布

SimScaleのクラウドネイティブ・プラットフォームなら、アカウントを作成するだけで数分でシミュレーションを開始できます。インストール不要・特別なハードウェア不要・クレジットカードも不要です。

参考文献

  1. Carvalho, N. B. (2024). The Receiving Part of Radiative Wireless Power Transfer Theory and Technology of Wireless Power Transfer (pp. 147-178): CRC Press.
  2. Miyamoto, T. (2024). Optical WPT Theory and Technology of Wireless Power Transfer (pp. 179-245): CRC Press.
  3. DARPA, "News-DARPA program sets distance record for power beaming" , May 16, 2025 https://www.darpa.mil/news/2025/darpa-program-distance-record-power-beaming(参照 2025-08-20).
  4. Fujimori, K. (2024). Ultrasonic WPT Theory and Technology of Wireless Power Transfer (pp. 246-259): CRC Press.
  5. Mayordomo, I., Dräger, T., Alayón, J. A., & Bernhard, J. (2013). Wireless power transfer for sensors and systems embedded in fiber composites. Paper presented at the 2013 IEEE Wireless Power Transfer (WPT).
  6. Shin, J., Shin, S., Kim, Y., et al. Design and implementation of shaped magnetic-resonance-based wireless power transfer system for roadway-powered moving electric vehicles. IEEE Transactions on Industrial electronics, 61(3), 1179-1192. (2013)
  7. Choi, J., Ryu, Y.-H., Kim, D., et al. (2012). Design of high efficiency wireless charging pad based on magnetic resonance coupling. Paper presented at the 2012 9th European Radar Conference.
  8. Nnamdi, U. C., & Asianuba, I. B. Wireless power transfer: a review of existing technologies. European Journal of Engineering and Technology Research, 8(3), 59-66. (2023)
  9. Jia, Z., & Zhu, B. (2015). A new type receiving set of wireless power transmission systems for gastrointestinal robot. Paper presented at the 2015 IEEE PELS Workshop on Emerging Technologies: Wireless Power (2015 WoW).

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