1. はじめに
この記事について
この記事ではSimScaleを用いて、谷間風が発生する現象を再現し、それに対する対策案を検討する事例を紹介します。
谷間風
ビル風と一口に言ってもその発生原因は大きく次の2つがあります。
- ビルとビルの間の細い通路を風がまとまって流れる
- 地表より速い上空の風が吹き下ろす
1に関してはビル風として最もイメージのしやすいものです。流体は流路の断面が小さくなった時に速くなります。ホースで水やりをしているときに、ホースの先を押しつぶすことで、水が早く流れる現象のように、ビルがある部分を流れるはずだった風が、狭いビルとビルの間に集中することで、高速に流れます。この風を谷間風と呼びます。
2は「逆流 (ダウンウォッシュ)」と呼ばれる現象です。風速は地表付近は小さく、上空にかけて高度を上げるにつれて大きくなります。この上空を流れる速い風が、ビルに衝突し高速の下降気流が発生することが原因です。詳しくは別ページの記事をご覧ください。
この記事では下図の青い建築物を新たに建設する際のビル風の解析と、ビル間の距離は変えられない制約のもと実施する対策を検討します。
2. シミュレーションによる解析結果
SimScaleでは風環境評価に特化したインターフェースで、数ステップの簡単なワークフローでシミュレーションと快適性の評価を行うことができます。本稿では8風向による風環境評価を行い、不快さに起因するものに対して対処法を検討します。下図は、先述の図のような建物配置のときに、8風向の風配図の風解析結果より自動で計算された快適性評価のコンター図です。(欧州基準の評価結果です。日本において広く用いられている、村上法と風工学研究所法による自動計算も可能です。)
この結果より赤い縁の部分で不快な領域が大きいことが分かります。この結果からは不快な原因が、どの風向の影響か、また谷間風か逆流 (ダウンウォッシュ)の影響かを判断することはできません。各風向の流れのそれぞれ様子を確認します。
上図のように南西の風のときに発生する谷間風が快適性に影響していることが分かりました。次章ではこれを低減することを目的とし、対策を検討します。このように、シミュレーションは風洞実験や現地での実測とは異なり、風の挙動を視覚化できるため、現象の把握とその対処を検討するのに適しています。
3. 改善案とその効果
都市環境において歩行者の高さの谷間風の影響を低減するアプローチとして①風の流れを妨げる、分散させる ②風のエネルギーを低減する ことの2つがあげられます。以降では、上記の建物配置を例題として、具体的な対策内容とその効果をご紹介します。
I. 建築物の形状
建築物の上部を面取りした形状に変更します。これにより歩行者の高さを流れる風の一部が、上部へと流れるように分散し、谷間風が低減されることが期待されます。
ベース案
改善案 I: 形状変更
II. 植栽
生垣や樹木などの植栽は、現在ビル風の対策として最も用いられている対策の一つです。風が植栽にあたると、植栽が風が持つエネルギーを吸収し、ビル風速度を大幅に低減することができます。今回は南西の風において、谷間風が発生する部分の上流部分に樹木を配置し、それによる効果を検証します。
ベース案
改善案 II: 植栽
III. 街路に構造物を設置
街路の構造物も防風効果を期待できます。この構造物の例として、フェンスやベンチ、プランター、ポストなど小規模なものから、歩道橋や屋根付きのバス停、地下道入口などがあげられます。
今回は谷間風が流れる手前の公園にフェンスを配置し、谷間風の流れる交差点に道路標識のついた歩道橋を設置します。
ベース案
改善案 III: 街路の構造物
IV. 都市レベルでの配置を検討
都市レベルでの配置検討が、谷間風の対策に対して最も有効です。今回は延床面積を維持するように、建造物を2つに分離したものを検討します。
ベース案
改善案 IV: 建物配置の変更
4. まとめ
都市設計・高層建築設計において、谷間風の影響を低減することは、快適かつ持続可能で魅力的な都市を創造するために重要です。シミュレーション技術を活用することで、建物・街路・地形についても空気力学特性と歩行者にとっての快適性を検証できるようになります。進化するテクノロジーは、美的なだけでなく生活の中で歓迎される、調和された形での都市の進化にも役立っていくことでしょう。