1. はじめに

この記事について

この記事ではSimScaleを用いて、住宅の温熱環境解析を行った事例を紹介します。シミュレーション未経験の建築工学専攻の新入社員が、1か月間のローテーションOJTの一環で取り組んでいます。

パッシブデザインへの注目

近年、建築業界では持続可能なエネルギー利用を追求する中で、パッシブデザインへの注目が高まっています。パッシブデザインは、建物の形状、窓の配置、断熱性能などを最適化することで、自然エネルギーの効果的な利用を促進し、エネルギー消費を最小限にした設計を指します。パッシブデザインの5原則は以下の通りです。

  • 断熱
  • 日射遮蔽
  • 通風
  • 日射熱利用
  • 昼光利用

このような設計を実現するための重要なツールの一つがシミュレーションです。例えば、建物の立地や形状、材料の選定に基づいてシミュレーションを行うことで、日射量や風の流れなどのデータを基に最適なデザインを探求することができます。今回は「断熱」と「通風」に焦点を当て、高付加価値な住宅を検討します。

SimScaleが選ばれる理由

室内温熱環境解析のソフトウェアとしてSimScaleが選ばれる理由は大きく2つあります。

1. 完全クラウド型であり導入・メンテナンスコストが低い

SimScaleはWebアプリケーションとして提供されている完全クラウドのCAEプラットフォームです。解析用の高価なハードウェアを準備する必要もなく、業務でお使いのような一般的なノートPCからすぐにハイスペックなシミュレーションをご実施いただけます。ローカルソフトウェアのダウンロードや、VPN・リモートデスクトップなどの環境構築も全く必要なく、すぐにお使いいただくことができます。
クラウド環境は、一般にオンプレミス環境よりも安全とされているAWSを用いており、オンプレミス環境で発生するセキュリティへの対応も不要となります。またいつでも急速に発展する最新環境にアクセスするためアップデートといった煩わしいメンテナンスも必要ありません。

2. 幅広い建築分野の課題を解析できる

室内の解析では、気流、温度、湿度、ふく射の計算が可能で、PMV・PPDといった快適性を評価することができます。また、場所・日時を考慮した指向性のある日射の考慮や空気の滞留時間の解析をすることができます。屋外に関しても、ビル風の影響を解析する風環境解析に特化し、簡単なワークフローで日本の基準(村上法、風工学研究所法)を評価するソルバーや、乱流を精密に解くことが求められる風荷重の計算ができます。このように建築物の内部と外部幅広く対応することができます。特に、建築分野の解析は3Dモデルが大規模になることから計算も大規模になるため、クラウドリソースを使用するSimScaleは大きな効果を生みます。

2. 壁面材料が及ぼす断熱性能への検証

ここでは寒さが厳しくなる1月中旬を想定して外気温5℃において、住宅壁面の断熱材が及ぼす影響を調査します。場所は当社の所在する東京都中野区としています。

高断熱住宅低断熱住宅
屋根・壁面材料グラスウール24kコンクリート
熱伝導率 [W/mK]0.0361.6
解析条件

日射の設定はGoogle Mapのインターフェースから建物の所在地を指定し、日時を設定することで太陽位置を自動で算出します。

日射の設定

室内空間の切断面の温度のコンターを以下に示します。この切断面における平均温度は、高断熱住宅が11.69℃、低断熱住宅が9.08℃とおおよそ2.5℃程度異なります。

高断熱住宅の温度コンター
低断熱住宅の温度コンター

冬場はインフルエンザなどの感染症への注意も必要です。感染症を防ぐためにも換気を徹底する必要があります。パッシブデザインの消費エネルギーを最小にする点において、換気扇を用いた機械換気ではなく、空気の比重差を利用する重力換気が有効です。以下に、空気の平均滞留時間のコンターを示します。この切断面における平均値は、高断熱住宅が692秒、低断熱住宅が768秒となっており、断熱能力が高い方が重力換気が促進されていることが分かります。

高断熱住宅の空気の平均滞留時間コンター
低断熱住宅の空気の平均滞留時間コンター

3. 自然風を活かした設計の検証

ここでは厚さの厳しい8月初旬の夕方を想定して外気温28℃とします。自然風を活かした設計の検証のために平均風速1.5m/sの風が吹く場合と風がない場合の比較を行います。

自然風あり自然風なし
風速 [m/s]1.50

切断面の温度コンターを示します。自然風がある場合、室内でも外気温と同等の温度となっています。一方で自然風がない場合、窓が開いていても換気が起こりにくく、室内に滞留した空気がふく射により温められています。

自然風ありの温度コンター
自然風なしの温度コンター

次にPPD(Predicted Percent of Dissatisfied: 予測不満足者率)による快適性の評価を行います。このPPDは、快適性に影響する6要素(温度、湿度、気流、ふく射、着衣量、活動量)から人間が温冷感を不快に感じる人数の割合を経験的に評価するものです。ISO標準ではこれを10%以下とすることが推奨されています。この結果より、自然風がある方が快適性が高いことが分かります。しかし、自然風があった場合でも不快と感じる可能性が高く、冷房の利用が推奨されます。風がスムーズに流れる室外空間においてもPPDは20%程度であることから、どれだけパッシブデザインを目指して設計を改良しても、この値が限界となり冷房なしで快適な空間を作ることは難しいと考えられます。

自然風ありのPPDコンター
自然風なしのPPDコンター

4. 換気効果に基づく設計の改善

ここからは換気効果の結果を基に設計案の改善を行います。前章の自然風がある状態の空気の平均滞留時間を示します。この風速の時は、全体的に平均滞留時間も大きくはありませんが、相対的に2階の人の高さあたりの値が大きくなっていることが分かります。空気が流れにくい淀む領域ができることで、局所的に平均滞留時間が大きくなっています。風速が小さいときでも人の高さの平均滞留時間を小さくするために窓の配置を変更することが望まれます。

改善前-空気の平均滞留時間コンター

人の高さで風が流れやすいようにするために窓の位置を低く変更した結果を示します。狙い通り、人の高さの平均滞留時間を小さくすることができました。このようにシミュレーションを活用することで、現象を把握し改善案を検討し、その改善案を検証することを容易に行うことができます。

改善後-空気の平均滞留時間コンター

5. おわりに

以下は、今回の解析を実施したシミュレーション未経験の新入社員の感想です。

室内環境の評価にシミュレーションを用いることで、実験では難しい温度や風速の詳細なデータを領域内のあらゆる地点で取得できます。また、予期しない現象も発見できる点に魅力を感じました。特に、SimScaleはクラウドベースであるため、ハイスペックなパソコンを必要とせず、オフィスのデスク上で手軽に作業を完結できます。境界条件やメッシュの作成など初めての作業に時間がかかるかと心配でしたが、SimScaleではモデルの読み込みからシミュレーション結果の表示までスムーズに進めることができました。入力が必要な項目が一目でわかるため、直感的に条件設定を行い、効率よくシミュレーションを実行できました。

建築工学専攻 弊社新入社員

このように、SimScaleはクラウドベースなので導入コストが低く、シンプルで直感的なインターフェースを持っています。そのため、これまでシミュレーションを使ったことがない方でもすぐにご活用いただけます。弊社では、住宅にもカーボンニュートラルが求められ、建築戸数が減少している状況において、より高付加価値な住宅を実現するために、SimScaleが役立つと考えています。