KPFは、あらゆる地域・規模に対応した建築設計を手がける世界有数の建築事務所です。 ニューヨーク、ロンドン、サンフランシスコ、上海、香港、ソウル、アブダビ、ベルリン、シンガポールに拠点を構え、34名のプリンシパルのもと、700名を超えるスタッフが在籍しています。
KPFはグローバルに活動する中で、建築のライフサイクル全体にわたる環境負荷の低減と、地域社会の福祉の保護・向上を目指した、持続可能な建築ソリューションの提供に注力しています。
深刻化する気候変動の危機を受けて、KPFはオペレーショナル・カーボン (運用時に発生する炭素) およびエンボディド・カーボン (建築時に発生する炭素) の両面から排出量を最小限に抑える、レジリエントな建築ソリューションの開発に注力しています。
その一環として、KPFは米国建築家協会 (AIA)、英国王立建築家協会 (RIBA)、および多くの同業他社と連携し、2030年までにカーボンニュートラルな建築を設計・提供できる能力の確立を目指した研究活動を推進しています。
このような組織的な取り組みは、教育・知識共有・意識向上を通じて、KPF全体に環境に対する高い専門性と意識を根づかせる土壌を築いています。
また、ロンドンおよびニューヨークオフィスの環境性能設計チームは、SimScaleの高性能なシミュレーションエンジンを活用し、風荷重や風環境に対応した初期設計段階向けの革新的なモデリングツールを開発しています。
KPFにおける環境デザインと持続可能性
KPFの環境性能設計チーム「KPFep」は、BIM設計、ビジュアライゼーション、都市環境データ活用、データサイエンス、応用研究といった分野と連携しながら、より広範なテクノロジーチームの一員として活動しています。
ロンドンとニューヨークの両オフィスを拠点に、現在5名のフルタイム・メンバーを擁し、KPF全体の設計チームに対して、ネット・ゼロ (温室効果ガス実質ゼロ) の達成を支援するパフォーマンスベースの設計アプローチの構築を推進しています。
KPFepを率いるElias氏は、ネット・ゼロ・カーボン戦略の構築や、業界標準を超える高性能建築の実現に注力しています。
KPFepは、設計プロセスのあらゆる段階において設計チームと密に協働し、プロジェクトごとの環境戦略の策定から、性能データ (定性的・定量的)、パラメトリックモデリング、反復的なシミュレーション分析による検証までを一貫して支援しています。
またElias氏は、風荷重シミュレーション、初期段階のエネルギー評価、ライフサイクルアセスメント (LCA) などにおける新しいシミュレーションプラットフォームやツールの導入・開発も主導。
KPFの建築が環境に与える影響を最小限に抑えるため、社内横断的な取り組みをコーディネートし、パッシブ・サステナブル・デザインの理念を現代建築にどう取り入れるかについて、設計者への教育と意識醸成にも貢献しています。

SimScaleは、風荷重および風環境に対応するクラウドベースのシミュレーション技術を提供しています。
使いやすいインターフェースや自動化されたワークフロー、meteoblueと連携した気候データ、そして高機能な可視化ツールを備えており、これまでシミュレーションに不慣れだった建築家や設計者にとっても、非常に扱いやすく有用なプラットフォームとなっています。
SimScaleは、従来の数値流体力学 (CFD) ツールと比べて大幅に高速な計算性能を発揮し、建物や都市スケールでの風環境シミュレーションを短時間で実行できます。
また、SimScaleは完全な非定常解析を採用しているため、都市環境における複雑で時間依存性のある風の挙動をリアルに再現・アニメーション化することが可能です。
従来のCFDソフトウェアでは数日を要していた都市規模のCADモデルのインポートや解析処理が、SimScaleでは数分〜数時間で完了します。
これにより、コンペティションや入札など、迅速かつ正確な検討が求められる初期設計フェーズにおいても、風シミュレーションを効果的に導入できるようになりました。
KPFにおいてもSimScaleは、実プロジェクトだけでなく、短納期が要求されるコンペティションの事前調査などでも活用されています。
KPFの風シミュレーションは約70%がコンペティションに使用されました。CFDによる風と歩行者の感じる快適性の評価が提案の価値を押し上げ、コンペティションに強くなりました。 実際のプロジェクトでは、KPFが初期段階で実施した風シミュレーションは、自治体との計画認可のために風洞研究を行う必要がある風力専門コンサルタントに貴重な洞察を提供しています。 初期段階の風シミュレーションは、競合する複数の設計案の相対的な性能を比較することで、最終的な設計案の選択を大幅に早めます。また実施設計で必要とされる風洞実験でかかる時間とコストを大幅に削減するのに役立っています。

KPFの建築家たちは、プロジェクトの多くで主にRhino®とRevit®を使用しています。
これらのツールはKPFの設計ワークフローに深く組み込まれており、設計段階に応じた使い分けがなされています。たとえば、コンセプトやマススタディの段階ではRhinoを、より詳細な設計や性能データの管理が求められる段階ではRevitを使用するのが一般的な流れです。
SimScaleは、これら両方のCADツールとシームレスに連携します。
Rhinoのネイティブファイルは、ジオメトリのクリーンアップを必要とせずに、そのまま迅速にSimScaleにインポートできます。
RevitからはSTLファイルをエクスポートすることで、複雑な形状のモデルもスムーズにシミュレーション用に変換できます。
SimScaleに統合された格子ボルツマン法 (LBM) ソルバーは、完全な非定常外部流れの解析を可能にし、特に建築・都市設計における風環境評価で威力を発揮します。
このアプローチの大きな利点のひとつが、複雑なCADモデルに対する高いロバスト性です。
従来のCFDツールでは、水密な (完全に閉じた) ジオメトリが必要とされていましたが、SimScaleのLBMではそれが不要です。これにより、従来は解析が困難だった不完全なジオメトリでも、そのままシミュレーションに活用できるようになりました。
建築家たちは、SimScaleを他のCFDツールと比較した際の最大のメリットとして、この点 (=複雑で不完全なジオメトリへの対応力) をしばしば挙げています。
Rhino用CFDアプリの開発: 都市環境の風シミュレーション
KPFはさらに一歩進み、SimScaleのAPIを活用して、自社のRhino環境から直接風シミュレーションを実行できる社内アプリ「Wind Flowアプリ」を開発しました。
SimScaleのAPIは、あらゆるソフトウェアからSimScaleのプラットフォームやシミュレーションエンジンにアクセスし、自動化されたワークフローを構築するための仕組みです。C#とPython向けのSDKが用意されており、数行のコードでシミュレーションのセットアップから結果取得までが完結します。APIには、シンプルな風解析ワークフローやパラメトリックスタディなど、一般的なユースケースに対応したテンプレートも揃っており、Python SDKのおかげでKPF内の多くのユーザーが容易に活用できました。専門チームのサポートと直感的なドキュメントにより、KPFはわずか3ヶ月でアプリの設計と開発を完了させています。
現在、このWind Flowアプリはベータ版として運用中で、ロンドンとニューヨークの建築家5名がコンペや入札時の迅速な検討に積極的に活用しています。
KPFには、コンピュテーショナルデザイナー、プログラマー、データサイエンティスト、環境デザイナーといった多様な専門性を持つメンバーが在籍しており、
この社内アプリの開発は、組織全体に風解析の活用を拡張するための、論理的かつ自然なステップとなりました。
Wind Flowアプリの目的:
- 社内の建築家全体に、風荷重および風環境解析を身近なものにすること
- Rhino上で操作できるため、非専門ユーザーでも慣れた環境の中で利用できること
- 設計初期段階で、風解析に基づいた素早いデザイン変更を実現すること
- コンペや入札前のフェーズにおける競争力を高めること
- 風環境や屋外の熱的快適性 (UTCI計算を含む) との統合により、快適な空間の最大化を図ること (特に高温多湿の気候で展開されるKPFのプロジェクトにとっては、この点が極めて重要です)

風向や気候条件を設定するためのダイアログボックスが表示されます。
下図は、Wind Flowアプリのワークフロー全体を示したものです。
ユーザーインターフェースと操作環境はRhino上に統合されており、Pythonスクリプトを用いてCSVデータの読み込みや、各種データベースとSimScale API間のデータ交換が自動化されています。
扱われるデータには、設計フェーズ、コスト、シミュレーション実行時間、ユーザー情報などを記録するプロジェクトデータベースが含まれます。
このような高いレベルの制御により、CFDの専門知識を持たない分散型設計チームに対しても、管理者が品質管理やワークフローの統制を行うことが可能となっています。
SimScaleからは、プローブポイントの座標、結果平面、風速などの実測シミュレーションデータが出力されます。
SimScaleによる風シミュレーションを含むすべての処理はクラウド上で実行され、APIはシミュレーションパラメータ、気候条件、メッシュ、境界条件の設定を行うと同時に、Rhinoでの可視化に必要なデータ抽出にも利用されます。

KPFのアーバンインターフェイス (KPFui) およびデータサイエンス (KPFds) チームのJustyna Szychowska氏とAleksandra Sojka氏は、Wind Flowアプリのフロントエンドおよびバックエンドの開発、ならびにRhino環境への実装を担当しました。
現在も引き続き、ユーザーからのフィードバックをもとに新機能の開発を進めており、これらの機能は年内にリリース予定です。

Elias Anka
Sustainable Design Lead at KPF (London)
Using SimScale, we have developed our own wind modeling app for early-stage analysis. Our plan is to deploy this to over 100 architects globally, giving them access to fast and accurate microclimate analysis as and when needed. The aim is to equip our designers with the right toolset and knowledge to tackle climate change and be proactive in designing carbon neutral buildings and cities that prioritize the comfort and wellbeing of its occupants.
私たちはSimScaleを活用し、設計初期段階の風環境解析に特化した独自のモデリングアプリを開発しました。
今後、このアプリを世界中の100名を超える建築家に展開し、必要なときに迅速かつ正確な微気候解析を実施できる環境を整備する予定です。この取り組みの目的は、気候変動に立ち向かうための適切なツールと知識を設計者に提供し、居住者の快適性とウェルビーイングを重視したカーボンニュートラルな建築・都市を積極的に実現していくことにあります。
以下は、Wind Flowアプリを使用してモデル化された最近のプロジェクトの一例です。
風環境解析 (PWC)や風荷重解析も、数十分程度でシミュレーションが完了します。
ユーザーは、気候データやロケーションを素早く選択し、対象とする風速の数を設定できます。
設計者が風解析を行うために必要な設定は、一連のダイアログボックスで順を追ってガイドされる形式となっており、操作も直感的です。
シミュレーションは自動的にSimScaleに送信され、クラウド上で実行された後、結果データはRhinoにインポートされて可視化されます。

風速の高いエリアは黄色〜赤色で可視化されています。結果はRhino上で直接確認可能です。
建築家のための環境デザイン
KPFのRhinoアプリは、継続的に開発が進められています。
今後の計画には、屋外の熱的快適性の評価や自然換気の検討、さらには屋内環境解析への対応など、さまざまなタイプの分析機能が含まれています。
これにより、設計者のためのより強力で多機能なプラグインの実現が目指されています。

CFDシミュレーションによる、複数の都市デザイン案に対する歩行者風快適性の比較解析。
風解析を活用することで、コンペティションに強く、素早い実施設計への移行を実現できます。


SimScaleはすでに、日射、室内温度、CO₂濃度、空気質などをシミュレーション可能な高度なソルバーを備えています。今後のステップとしては、このアプリをKPF全体の建築家へ段階的に展開し、それを支えるトレーニングプログラムを整備・運営していくことを掲げています。
SimScaleのシンプルで直感的なインターフェースは、建築家やCFDの専門家でないユーザーにとっても扱いやすく、誰でも風環境・熱環境の解析を設計プロセスに取り入れやすい環境を提供しています。
本記事は、https://www.simscale.com/customers/kpf-develops-rhino-app-for-early-stage-design/の抄訳です。