現代の魔球ツーシーム
ツーシームは、鋭く変化し、バットの芯を外して打ち取るのに効果的な魔球です。
驚くことに、ストレート (フォーシーム) と比べて、球の握り、腕の振り、球速はほとんど変わりません。違うのはボールを握る向きだけです。
この向きの違いによって、ボールをリリースした後、バックスピン中に通過する縫い目 (シーム) の数が変わります。
その名の通り、フォーシームは1回転の間に4つの縫い目を通過し、ツーシームは名前の由来は1回転の間に2つの縫い目を通過します。

ただ、縫い目の影響だけで、あれほどの変化が生まれると言われても、にわかには信じ難いものです。
巷では、同じように投げているように見えても、リリース時の指のかかり方が微妙に違うこと、あるいは回転軸が異なることが影響しているのではないか、と指摘されています。
確かに、それも一因でしょう。
では、本質的に、縫い目は間接的に影響しているだけなのでしょうか。
この記事では流体シミュレーション (CFD) によってツーシームが曲がる理由を検証しました。
その結果、ツーシームの変化は近年注目されている「シームシフトウェイク (SSW: Seam Shifted Wake) 」によって説明できることを確認しました。
つまり、ツーシームが曲がる理由は、やはり1回転する間に通過する縫い目の数にあったのです。
1. ツーシームを検証するための流体シミュレーション設定
ツーシームとフォーシームの流体シミュレーション (CFD) をSimScaleで実施します。
一般的なプロ野球の投手のストレートを検証するために、球速: 145 km/h、回転数: 2,300 RPMとしています。
なお、回転軸は0°で純粋なバックスピンがかかる状態です。
今回は、ツーシームとフォーシームの両方を上記のように同じ条件でシミュレーションしました。
異なるのは回転するボールの向きだけです。
この設定により、縫い目が与える影響を直接比較できるようになります。

2. ツーシームとフォーシーム 変化の違い
早速、シミュレーション結果を見てみましょう。
図ではボールに水平にかかる力 (=横力) の結果を示しています。この横力こそがボールの横方向の変化を生み出す要因です。
結果からは、フォーシームとツーシームで明らかに挙動が違うことがわかります。


図3: ツーシームにかかる横力 (=横方向に変化させる力)
このグラフは、ボールのかかる横力の時間変化を表しています。
横力の値が0であれば、ボールは横方向に曲がりません。
まずフォーシームの結果を見てみると、横力は綺麗に正弦波のような周期を持って振動していることがわかります。
ちなみに野球ボールの質量は約 145 g で、重力に換算すると 1.421 Nとなります。つまり瞬間的には重力の半分程度の力が横方向にかかることになります。
一方、ツーシームでは様子が大きく異なります。
フォーシームのような明瞭な周期性は見られず、横力は不規則に変化しています。
これは、ツーシームが不規則に変化すると言われる特徴をよく表しているように見えます。
では、この違いは何から生まれるのでしょうか?
3. 投球に発生する現象の一つ = カルマン渦
先ほどのフォーシームの結果を見て、
「フォーシームって真っ直ぐの球種のはずなのに、なぜ横方向の力がかかっているのだろう?」
と疑問に思った方もいるのではないでしょうか。
実はこれは異常な結果ではありません。
ボールのような物体が空気中を高速で移動すると、その後ろでは「カルマン渦」と呼ばれる現象が発生します。
カルマン渦とは、物体の後ろで渦が左右交互に放出される現象です。
この渦放出に伴って、物体には左右に交互の力が作用します。
フォーシームは横方向にほとんど変化はないものの、瞬間的には左右交互に横方向の力が発生するのです。
フォーシームの流れ場のシミュレーション結果を見てみましょう。
後流はうねるように左右交互に周期的に変化しており、周期的な渦放出が起きていることがわかります。
このカルマン渦は、ボールの回転とは関係なく発生する現象です。
ボールや円柱のような物体が流れの中を移動する (もしくは流れにさらされる)と、その後ろでは渦が左右交互に放出されます。これがカルマン渦です。
つまり、仮にボールが回転していなくても、カルマン渦は発生します。
さて、ツーシームの流れ場の結果も見てみましょう。
フォーシームで見られたような明瞭なカルマン渦の傾向は弱く、規則的な渦列はほとんど確認できません。
それでは、なぜツーシームは明瞭なカルマン渦の傾向が弱いのでしょうか。
4. ボールの縫い目の位置が流れに及ぼす影響 = シームシフトウェイク
過去の記事ではフォーシームのノビを検証しました。
その結果、ノビの要因である上方向の力 (揚力) が、縫い目の影響によって周期的に変動することを示しました。
ボールが回転することによって縫い目の位置が変化し、その影響で流れの構造が変化する現象を「シームシフトウェイク (SSW: Seam Shifted Wake) 」と呼びます。
これまで投手の球質は、球速、回転数、回転軸のみで評価することが一般的でした。
しかし近年では、それらに加えてこのシームシフトウェイクも球質に影響する重要な要素として注目されています。
シームシフトウェイクの影響は、回転軸に直交する力 (今回は揚力) に顕著に現れます。
ここでは、その揚力の結果を確認します。


フォーシームでは以前確認したように、縫い目が4回通過するのに対王して揚力のピークが発生します。
揚力の変化も小さく、比較的安定した現象といえます。
一方、ツーシームでは、周期性は見られるものの、より複雑で変動が激しいことがわかります。
ここでは、このツーシームの揚力変動の原因を探ります。
なお、フォーシームの揚力変動については、以前の記事で詳しく説明しています。












このように、ボールが回転して縫い目の位置が変わることで、ボールの表面では流れの「剥離」と「再付着」という現象が生じます。
特にツーシームでは、フォーシームと比較して縫い目の通るタイミングが不均一であるため、より複雑な流れ場が形成されます。
フォーシームとツーシームでは、シームシフトウェイクによる影響が顕著に現れ、揚力の挙動に違いが生じていることがわかります。
前章では、ツーシームはカルマン渦の傾向が見えにくいことを示しました。
これは、ツーシームはシームシフトウェイクによって流れ場がより複雑かつ激しく変動し、カルマン渦の周期的な構造が乱されているためと考えられます。
4. ツーシームはなぜ曲がるのか
本記事ではフォーシームとツーシームを比較し、縫い目が与える影響を直接比較しました。
その結果、回転するボールの向きが変わるだけで、変化に影響する横力と揚力の挙動が大きく変化することがわかりました。


ツーシームが曲がる理由は、シームシフトウェイクとカルマン渦の2つの影響が複合し、後流の流れ場が複雑に変動するためと考えられます。
つまりツーシームは、マグヌス効果だけで説明できる変化球ではなく、縫い目によって生じる流体現象が大きく関与しているといえます。
なお、今回のシミュレーションでは回転軸を0°の純粋なバックスピンとし、ボールは流れ場の中で固定された条件となっています。
実際の投球では回転軸の傾きやスピン効率、さらにはボールが空間を移動することによる流れ場の変化も加わるため、ツーシームの挙動はさらに複雑になると考えられます。
このようにツーシームは、流体力学的にも不安定で予測が難しい球種の一つであり、そこにこそ打者の芯を外す独特の変化が生まれているのかもしれません。
