Alaska Native Tribal Health Consortium (ANTHC) は、アラスカに住むアラスカ先住民およびアメリカン・インディアンのユニークな健康ニーズを満たすために設立された非営利の部族保健組織です。 ANTHCはアラスカ先住民医療センターとアラスカ全土で、研修、健康教育、疾病予防、地方の上下水道建設などを通じて、アラスカ先住民に最高品質の医療サービスを提供しています。 ANTHCの全州的な活動は、「アラスカ先住民が世界で最も健康な人々である」というミッションを推進するため、さまざまな部門やサービスに及んでいます。 ANTHCは米国最大かつ最も包括的な部族保健組織であり、アラスカで2番目に大きな保健雇用主で、3,000人以上の従業員を擁し、米国最大の州内の人々にさまざまな保健サービスを提供しています。 また、環境・衛生工学、農村部での水・衛生サービスへのアクセス提供、水質・大気質の維持管理も担当しています。

僻地にある農村のインフラ整備

環境衛生・工学部門 (DEHE) は、ANTHCの予防部門です。 数十年にわたる公衆衛生学の研究により、清潔な水の不足と呼吸器感染症や皮膚感染症の増加には密接な関係があることが明らかになっています。 DEHEの主な役割は、アラスカ農村部の人々の健康を改善するために、この関連性に取り組むことです。 農村部のアラスカ先住民に清潔な水と衛生サービスを提供し、感染症を減少させるのが彼らの仕事です。 さらにDEHEは、清潔な水へのアクセス、医療へのアクセスの改善、汚水の適切な処理、北極圏の家庭における室内空気の質の改善、エネルギー効率、気候変動への影響、持続可能な事業への取り組みなど、公衆衛生の改善と保護を目的とした研究開発に定期的に投資しています。

DEHEには、5つの主要業務分野があります。:

  • 衛生施設 - 公営の上下水道システムの設計と建設、およびまだ家庭向けサービスがない地域の個人宅や公共洗濯場への浄化システムの提供。
  • 医療施設支援 - アラスカ全土の診療所や病院などの医療施設の設計、建設、維持管理に専門知識の提供。
  • 公共設備管理 - 既存の上下水道システムをサポートし、オペレーションとメンテナンスに重点を置いています。 この部門は、緊急時の対応支援から、協同組合の一員としてのコミュニティの公共設備管理まで、あらゆるものを提供。
  • エネルギー - エネルギー消費を削減し、再生可能エネルギーの使用を拡大し、持続可能性を向上させるために、エネルギー監査を実施し、設計、建設、修繕を支援。
  • 地域環境と保健 - 重要な環境保健インフラ、公衆衛生プログラム、環境保健トピックに関する技術支援や教育を提供。アラスカ先住民や地域社会と協力して病気や怪我を予防し、健康と福祉を促進。

主任機械エンジニアのWilliam Fraser 氏は、ANTHCに入社して20年になります。 34年のエンジニアリング経験を持ち、物理学の学士号、機械工学の理学士号と理学修士号を取得。 また、米国公衆衛生局の中佐の階級を持ちます。 長年にわたり、William氏は保健施設支援プログラム、衛生工学部門を管理し、エネルギー部門の創設メンバーの一人でもあります。 DEHEでは、45人のエンジニアからなる成長中のチームとともに、保健インフラ関連の上下水道プロジェクトに数多く携わっています。

William氏は現在、上下水道施設を建設する衛生部門に所属し、HVAC、エネルギー、水処理の設計において建築家や開発者をサポートする役割を担っています。William氏は事実上の衛生部門R&Dチームであり、DEHEのスキル、ソフトウェア・ツール、能力の向上を常に目指しています。

William Fraser
MLead Mechanical Engineer at ANTHC

I found the learning curve for SimScale to be short and within a weekend of use had achieved meaningful results. I especially like the post-processing and visualization tools in SimScale and the technical support is terrific for critical projects whenever I need it. I’m an experienced engineer but I don’t have to be a CFD expert to use SimScale. We are looking more towards thermal and structural analysis in the future and to try out the new multiphase solvers to evaluate critical infrastructure events such as dam failures.

SimScaleの学習曲線は短く、週末に使用しただけで有意義な結果を得ることができました。 SimScaleの可視化(ポスト)処理は特に気に入っていますし、重要なプロジェクトではいつでも技術サポートが受けられます。 私は経験豊富なエンジニアですが、SimScaleを使うのにCFDの専門家である必要はありません。 将来的には、熱解析や構造解析、そしてダム決壊のような重要なインフラ事象を評価するための新しいMulti-phase(混相流)ソルバーを試してみたいと考えています。

健康的な生活のためのシミュレーション

DEHEチームは重要な役割を担っています。それは彼らの仕事が、人々の健康や生命に貢献するためです。 DEHEでは、HVAC、土木工学、水処理などのエンジニアリングシミュレーションツールが使用されています。 一般的な使用例としては、都市部や農村部の上下水道配管網の設計とサイジング、貯水タンクのサイジング、水処理プラントの設計、海洋への下水排水の汚染拡散モデリング、回収熱や太陽光、風力発電のマイクログリッド最適化などがあります。 SimScaleは、特に以下のような流体流れおよび熱解析問題に適用されます:

  • ダイレクトベントボイラーシステムにおける強風の影響
  • 熱交換器の熱伝達解析
  • HVACとダクトの気流解析
  • 農村における水処理のための貯水タンク混合と熱損失解析
  • 健康と安全に関する規則の遵守の証明
トレーサー試験の可視化

貯水タンクにおける温度の影響

水処理業界では、貯水タンクを塩素接触反応器として使用することが多いです。 この場合、貯水レベル、水温、塩素消毒の接触時間を、州や連邦の衛生規制で定められた限度内に収まるように注意深く管理しなければなりません。 塩素が少なすぎると、水は十分に消毒されず、水系内で病原体が増殖します。 一方で、塩素が多すぎると、水中に有毒で発がん性のある塩素化副生成物が発生します。

貯水タンクの接触リアクターの設計は、通常、2000年代初頭にコロラド大学が実施した等温CFDモデリングに基づいており、タンクの形状に基づいて混合効率(バッフル係数)を予測します。 規制機関は通常、コロラド大学のバッフル係数を受け入れ、システム建設後にトレーサー調査(塩化物塩を添加して塩分濃度勾配を経時的に変化させる)を行い、性能が設計意図を満たしていることを確認するよう要求することもあります。

DEHEの技術者たちは、トレーサー実験の結果が予想される設計結果と一致しないことが多いこと、またトレーサー調査の結果が季節や運転温度によって大きく異なることを長年指摘してきました。 ウィリアムと彼のチームは、タンク内の温度による密度勾配が、等温条件下では存在しない予期せぬ水の動きを生み出すという仮説を立て、安全で効果的な塩素接触反応器を設計するための改良モデルを定性的、定量的に開発することに着手しました。

DEHEは、貯水タンクの設計と性能を向上させるツールとして、非等温数値流体力学(CFD)の有効性と費用対効果を実証するため、まず貯水タンクからの熱損失をモデル化し、寒冷時のタンク内の温度プロファイルを把握するとともに、エネルギー消費量を削減するために熱損失のモデル化を改良しました。 この作業が終了した後、チームはバッフル係数をより一貫性のあるものに改善し、温度依存性を減らして塩素と水の接触時間(CT)性能を向上させることができないかを検討しました。

CFD 解析結果の質を評価するため、チームは Igiugig 社の貯水タンクをケーススタディとして選択しました。 CFD モデリングでは,トレーサー調査の 条件と同じ条件を使用し、結果を比較しました。チームはその後、バッフル係数の性能を向上させるため、入口配管のいくつかのバリエーションを試しました。 トレーサー研究とCFDモデリングによる結論と提言は、貯水タンク内の接触時間において温度が大きな影響を与えることを実証し、その結果は2023年5月に開催された米国水道協会(アラスカ支部)年次総会で水道システムの設計者、オペレーター、規制当局に発表されました。

water storage tank in rural alaska
アラスカの田舎でテスト中の貯水タンク

ケーススタディ: アラスカ州イギーヒグ村

イギーヒグ村はアラスカ南西部に位置する先住民の村です。 ここは美しい世界有数の釣り場として知られ、夏には世界有数の釣り大会が開催されます。 また、非常に人里離れた場所にあり、主に小型飛行機でアクセスします。 このような理由から、イギーヒグ村での建設プロジェクトは困難であり、非常にコスト高となります。

2015年、イギーヒグ村に市販の貯水タンクが新設されました。 このタンクは、性能を確認するためのトレーサー実験を実施することを条件に建設が許可されました。 2016年2月に実施された最初の実験では、タンクの十分な性能を実証することができませんでした。 2016年6月にタンクの注入口を修正し、2回目の実験をに実施したところ、タンクの接触時間要件を満たしました。 このタンクの改良と2回目のトレーサー実験にかかった費用は15万ドルを超えました。

アラスカ州イギーヒグ村の貯水タンクは容量5万ガロンで、入口と出口が反対に位置しています。 最初のトレーサー調査は、水位10フィート、予想バッフル係数0.1で実施されました。 測定されたバッフル係数は0.042で、規制要件を満たしていませんでした。 このプロジェクトの担当エンジニアは、ホースと大きなバケツに水を入れて代替設計を検討しました。

元の貯水タンクのSimScaleモデルには、モデル設定のテストとバッフル係数の計算のために3つの境界条件が適用されました。 現場でのトレーサー実験の結果は、SimScaleを使用して予測された結果とほぼ一致しました:

  • シミュレーション1: 検査体積の上部を自然対流の流出口と定義 (=無限に高いタンク)
  • シミュレーション2: 検査体積の上部を摩擦のない表面と定義 (流入=流出)
  • シミュレーション3: 検査体積の上部を摩擦のない表面と定義し、余分な流れは周囲から排出する (=開流路)
water storage tank model mesh and tracer study
貯水タンクモデルのメッシュ (左)とパッシブスカラーを用いたトレーサースタディ(右)
result comparison of experimental tracer gas study
トレーサー実験とSimScaleの3つのシミュレーションの比較結果
試験接触時間 [分]バッフル係数 [-]
トレーサー実験520.042
SimScaleによるシミュレーション157.50.047
SimScaleによるシミュレーション250.50.041
SimScaleによるシミュレーション3530.043
接触時間とバッフル係数に関する実験とシミュレーションの比較

次にシミュレーションを使用して、等温と非等温の入口タンク条件を比較しました。 その結果、水と塩素の接触時間に影響する内部条件に大きな違いがあることがわかりました。

iso-thermal assumption and tracer study simulation
等温想定(左)とトレーサー試験によるタンク内の熱状態の再現(右)の比較

研究チームは次に、タンクが流入水温より高い状態で追加で温度変化を考慮したシミュレーションを行いました。 アラスカの天然水供給源は1年の大半が氷点下近くであるのに対し、タンクに貯蔵された水はある程度隔離されており、熱エネルギーも蓄えられています。

simulation of stored water temperature higher than inlet water temperature
貯水温度が入水温度より高い場合のシミュレーション

その結果、等温条件の仮定は有効ではなく、トレーサー実験と等温のシミュレーションの結果に乖離がありました。 つまり、このケーススタディで説明したタンクは、最適な性能を発揮するように正しく設計されていなかったことが判明しました。 最初のトレーサー実験は、試験装置を持ったエンジニアが遠隔地まで飛んで試験を行わなければならなかったため、多大な費用をかけて現地で実施されました。

タンクはその後改良され、2回目のトレーサー実験が実施されました。 タンク設計の主な変更点は、今回、タンク内部のタンク底面高さ10フィート上に設置された1インチノズルを中心とする水注入口の構成へ変更されました。

修正されたタンクのトレーサー注入口の状態(左)と充填アニメーション(右) ( 設計では高さ10フィートの注入口(左))

このタンク構成は、ジェット巻き込みによってタンク内の熱混合が改善され(プラグフローが発生しない)、バッフル係数=0.10~0.11となり、タンク性能の向上につながりました。 この一連のシミュレーションに基づき、以下の結論がでました:

  • 非等温条件下での等温仮定に基づくタンクバッフル係数は正確ではない。
  • CFDのモデル化は、温度と浮力の効果が含まれていれば、バッフル係数を正確に予測できる。
  • 一定のバッフル係数を達成することは可能だが、バッフルなしの加熱タンクでは0.1を超えることはない。
  • 比較的小型(5万ガロン)のタンクで良好な混合を確保するには、底部から毎秒8~9フィートでタンクに水を注入するのが効果的である。
  • 入水とタンク水の温度勾配を最小化することで、性能の安定性が向上する。
  • アラスカの貯水タンクは2~5℃の間で稼動しているため、タンクの下層が同程度の温度であっても、タンクの上部に氷が張ることがある。

シミュレーションはチームに高い信頼性をもたらし、彼らはダム崩壊や廃水流など他の現象の評価にもSimScaleの使用を拡大しています。

William Fracer
Lead Mechanical Engineer at ANTHC

Incoming water quality can vary by time of year and weather, therefore the amount of chlorine required to achieve disinfection can also vary. We want to minimize the amount of chlorine added in the water storage tank but still achieve a safe chlorine concentration. We use SimScale to design the water storage tanks to have as consistent reaction time as possible and make sure we hit the minimum value of chlorine required.

流入する水の水質は時期や天候によって変化するため、消毒に必要な塩素の量も変化します。 貯水タンクで添加する塩素の量を最小限に抑えつつ、安全な塩素濃度を達成したいのです。 SimScaleを使って貯水タンクを設計し、反応時間をできるだけ一定に保ち、必要な塩素の最小値を達成できるようにします。

visualization of tracer gas test
SimScaleのパッシブスカラーを用いたトレーサーガス試験の可視化

William Fracer
Lead Mechanical Engineer at ANTHC

The state of Alaska typically requires a tracer test when storage tanks are used as Chlorine contact reactors, which typically costs around $30,000 USD. If the test fails, the tank must be modified, and the test performed again, with costs that can easily exceed $100,000 USD. Now we can use CFD first at the design stage to validate performance and make the tank model work for the first time. Because of our work, it’s now standard practice at DEHE to use CFD on these types of projects. Typically, we can perform the analysis with SimScale in four to eight hours with a high degree of confidence in the results.

アラスカ州は通常、貯蔵タンクを塩素接触反応器として使用する場合、トレーサー実験を義務付けており、その費用は通常約3万ドルかかります。 実験が不合格の場合、タンクを改良し、再度実験を実施する必要があり、そのコストは10万ドルを超えることもあります。 現在では、設計段階でまずCFDを使用して性能を検証し、実機での実験をすぐにクリアすることができます。 私たちのCFDの仕事のおかげで、DEHEではこの種のプロジェクトでCFDを使用するのが標準的なやり方になっています。 通常、SimScaleを使った解析は4~8時間で完了し、結果の信頼性も高いです。

本記事は、https://www.simscale.com/customers/anthc-simulation-critical-infrastructure/ の抄訳です。