LES (ラージ・エディ・シミュレーション) はCAE分野で注目されるCFD技術の一つです。RANSやDNSとの違い、特徴、活用例をわかりやすく解説します。
乱流解析の鍵: LES (ラージ・エディ・シミュレーション) とは?
乱流のシミュレーションには、精度を保ちながらも膨大な計算リソースが求められます。CFD (数値流体解析) では、計算時間を短縮しつつ、できるだけ高い精度を維持・向上させるために、さまざまな工夫がされています。その中でも「LES (ラージ・エディ・シミュレーション)」は、詳細な流れの構造を捉えながらも、計算負荷を現実的な範囲に抑えるバランスの取れた手法として注目されています。
本記事では、LESとは何か、他のCFDモデルとの違い、どのような場面で特に有効かを詳しく解説します。さらに、SimScaleにおけるLESの活用方法や、実際の応用事例についても紹介します。
本記事の要点
- LESは大きな渦構造に注目
流れの形状に影響される大規模な渦 (エディ) を重視し、より小さなスケールの乱れはサブグリッドスケールモデルで扱います。 - 一時的な乱流構造を正確に捉える
時間平均を前提とするRANSモデルとは異なり、LESは時間的に変動する乱流構造の詳細を捉えるのに適しています。 - 幅広い分野での活用
航空宇宙の空力解析から都市設計、海洋工学まで、さまざまな分野で効果を発揮しています。 - SimScaleで誰でも使いやすく
SimScaleの直感的な操作画面により、LESは中小企業や研究者にとっても導入しやすいものとなっています。

LESとは?
LES (ラージ・エディ・シミュレーション) は、CFD (数値流体解析) において乱流をシミュレーションするための数学モデルです。特に航空宇宙や自動車分野など、流体が構造物とどのように相互作用するかを正確に把握することが求められる場面で大きな価値を発揮します。
この手法の起源は1963年、ジョセフ・スマゴリンスキーが大気中の空気の流れを再現するために提案したのが始まりです。その後、1970年にディアドルフが本格的な応用研究を行い、現在のLESの基礎が築かれました。
LESは、流れの中に現れる比較的大きな渦 (エディ) を直接解析対象とし、流路の形状や障害物の影響を強く受けるスケールに着目します。一方で、より小さくて普遍的なスケールの乱れについては、サブグリッドスケール (SGS) モデルを使って近似的に扱います。
このアプローチは、1941年にアンドレイ・コルモゴロフが提唱した「自己相似性理論」に基づいています。この理論では、「大きな渦は流れの幾何学的な特徴に影響され、小さな渦はより普遍的な性質を持つ」とされています。
ナビエ・ストークス方程式: LESの基盤
LES (ラージ・エディ・シミュレーション) の中核にあるのは、「ナビエ・ストークス方程式」です。これは流体力学における最も基本的な方程式で、流体の動きを記述するために用いられます。この方程式は、次の3つの保存則に基づいて構成されています。
- 質量保存の法則
流体がどのように動こうと、全体の質量は常に一定であることを示します。 - 運動量保存の法則
ニュートンの第2法則に基づき、流体内の運動量が時間とともに保存されることを意味します。 - エネルギー保存の法則
第1法則(エネルギー保存則)に従い、閉じた系におけるエネルギーは常に一定に保たれます。
ここからは、LESにおいて重要な役割を果たす「フィルタリングカーネル」について説明します。このフィルタリング処理は、複雑なナビエ・ストークス方程式を簡略化するために不可欠なステップです。
フィルタリングカーネルは、流体内に発生する大きな渦 (ラージ・エディ)に注目し、それによって支配される流れのパターンを取り出します。一方で、より小さな渦の影響は平均化して扱います。この処理は「畳み込み (コンボリューション)」と呼ばれる数学的な演算によって行われ、流れの特性をある空間スケールで平滑化するように働きます。
LESにおけるフィルタリング操作は、一般に次のような積分形式で表されます:
$$\bar{\phi} (x,t) = \int_{-\infty}^{+\infty} \int_{-\infty}^{+\infty} \phi (r,\tau)G(x-r, t-\tau)drd\tau$$
ここで:
- \(\bar{\phi} (x,t)\): フィルタ後の場の変数。ある位置\(x\)、時刻 \(t\) における、速度や圧力などの平均化された値を表します。
- \(\phi (r,\tau)\): フィルタ前の(元の) 場の変数。局所的な変動を含む、未加工の物理量です。
- \(G(x-r, t-\tau)\): フィルタリングカーネル。場の変数に適用される関数で、空間・時間的なスケールで情報を平均化する役割を担います。
この処理は通常、二重積分 (空間と時間の両方) として表され、全領域にわたって物理量を平滑化します。
フィルタリング後、物理量は次の2つの成分に分けられます:
- フィルタ成分 (\(\bar{\phi}\))
これはLESで直接計算される大規模構造の成分です。主にラージ・エディなどの比較的大きな流れの構造を表し、解析にとって最も重要な情報が含まれます。 - サブグリッドスケール成分 (\(\phi'\))
こちらは、フィルタでは捉えきれない微細な構造や渦を含む成分です。LESではこれをサブグリッドスケールモデル (SGSモデル) によって近似的に扱います。
これら2つの成分を合わせることで、元の物理量 (場の変数) は次のように表すことができます:
$$\phi = \bar{\phi} + \phi’$$
圧縮性・非圧縮性流体におけるLES
LESは、圧縮性流体 (密度が変化する流れ) にも非圧縮性流体 (密度が一定の流れ)にも適用できます。ここでは、密度が一定で流れに発散がないという前提の非圧縮性流体に対するLESフィルタ処理済みナビエ・ストークス方程式を紹介します。
この方程式は、アインシュタインの縮約記法(添字が繰り返される場合は和をとる)を用いて、次のように表されます:
$$\frac{\partial \bar{u_i}}{\partial t} + \frac{\partial}{\partial x_j}(\bar{u_i}\bar{u_j}) = -\frac{1}{\rho} \frac{\partial \bar{p}}{\partial x_i} + \nu \left(\frac{\partial^2 \bar{u_i}}{\partial x_j^2} + \frac{\partial^2 \bar{u_j}}{\partial x_i^2}\right)$$
圧縮性流体 (compressible flow)に対するLESでは、密度の変化が関与するため、非圧縮性の場合よりも考慮すべき項目が増えます。
$$\frac{\partial \bar{\rho}u_i}{\partial t} + \frac{\partial \bar{\rho}u_i u_j}{\partial x_j} + \frac{\partial p}{\partial x_i} – \frac{\partial \bar{\sigma_{ij}}}{\partial x_j} = – \frac{\partial \bar{\rho} \tau_{ij}}{\partial x_j} + \frac{\partial}{\partial x_j}(\bar{\sigma_{ij}} – \bar{\bar{\sigma_{ij}}})$$
LESにおける圧縮性流体の運動方程式では、密度の変化が考慮されており、圧縮に対する流体の応答を反映するように応力項も修正されています。このように書き換えられた運動方程式は、一般にファブレ平均ナビエ・ストークス方程式と呼ばれます。

LES (ラージ・エディ・シミュレーション) はいつ使うべきか?
CFD(数値流体解析)において、時間的に変動する乱流構造を正確に捉えたい場合には、LES (ラージ・エディ・シミュレーション) が最適なモデルです。
一般的な定常モデルであるRANS (レイノルズ平均ナビエ・ストークス) 乱流モデルは、流れを時間平均して扱うため、乱流の詳細な揺らぎまでは表現できません。一方、LESは乱流の変動成分を時間的に追跡することができ、流れのリアルな振る舞いを可視化できます。
複雑な流れの場面では、RANSモデルだけでは不十分なことがあります。特に、乱流の揺らぎが単なるノイズではなく、平均流れそのものに影響を及ぼすほど大きい場合には、LESの適用が強く推奨されます。
LES / RANS / DNS: 3つのCFDモデルの主な違い
以下は、LES、RANS、DNSのCFDモデルにおける主な違いの要点を表でまとめたものです:
項目 | DNS | LES | RANS |
---|---|---|---|
適用分野 | 単純な流れ、低レイノルズ数 | 単純な流れ、低レイノルズ数 | 幅広い流れに対応 |
計算負荷 | 非常に高い | DNSよりは少ないがRANSより高い | 最も低い |
精度 | 最も高い | DNSよりは低いがRANSより高く | 最も低い |
複雑性への対応 | 計算負荷のため複雑な系は扱えない | RANSより複雑な系に対応可能 | 複雑な系も対応可能 |
乱流の扱い | すべてのスケールの乱流を直接解く | 大きなスケールは直接解き、小スケールはモデル化 | すべてのスケールをモデル化 |
適性 | 学術的・理論的な研究向け | 大規模な乱流い構造を含む流れに適する | 効率性が重視される産業用途・実務向け |
コスト | 実用には高すぎる | 高いがDNSよりは現実的 | 経済的で実用的 |
代表的な用途 | 基礎研究、低レイノルズ数の流れ | RANSでは対応しきれない過渡的・複雑な乱流 | 乱流が比較的安定・予測不可能な流れ |
レイノルズ数は、流れにおける慣性力と粘性力の比を示す無次元数です。
LESの主な応用分野
LESは、さまざまな分野で流体解析の精度と信頼性を高めるために活用されています。以下は、特に大きな効果を発揮している代表的な分野です。
- 航空力学・航空宇宙工学
航空機の後流に発生する乱流、建築物や構造物まわりの風の流れ、軍用機や航空機エンジン内の燃焼解析など、広範な空気力学 (空力)・航空分野でLESが活用されています。 - 自動車工学
自動車メーカーは、空気抵抗を減らし燃費や安定性を向上させるために、LESによって車体周囲の気流を高精度で解析しています。 - 地球物理・環境工学
LESは、大気中の乱流、海洋循環、さらには大気や海中における汚染物質の輸送メカニズムなど、地球規模の環境課題の解明にも貢献しています。 - 産業用途
熱交換器内部の流れ、工業炉での燃焼、タービン・モーター・ポンプ周辺の流れのシミュレーションなど、複雑な産業プロセスの最適化に使われています。 - 海洋工学
船体と海流との相互作用を解析する際にもLESは不可欠で、設計の信頼性向上や性能評価に活用されています。
LESの課題と展望
LESは非常に強力な解析手法ですが、実用化や普及にはまだいくつかの技術的・運用的な課題があります。以下に、現在の課題と将来的なチャレンジを整理します。
現在の課題
- 計算リソースの要求
DNSほどではないものの、LESでも高レイノルズ数や複雑なジオメトリを扱う場合には、依然として大きな計算負荷が必要です。 - 境界条件の設定
LESでは流入境界の乱流特性を正確に再現する必要があるため、適切な境界条件の設定が非常に重要かつ難易度が高いです。 - 計算コスト
計算性能の向上が進んでも、中小企業にとってはLESの実行コストは依然として高いのが現状です。 - ツールの使いやすさ
LESは設定や結果解釈に専門知識を要するため、より直感的で専門知識が不要なツールの開発が求められています。SimScaleのようなクラウドベースのプラットフォームは、専門知識のないエンジニアや設計者でも高度な解析を扱えるようにし、LESのハードルを大きく下げる役割を担っています。
将来的な課題と可能性
- 機械学習との統合
サブグリッドスケールモデルを改良するために、機械学習を取り入れたハイブリッド型LESの開発が注目されています。これは新たな可能性であると同時に、大きな技術的課題でもあります。 - マルチフィジックスの統合
実際の現象では、乱流だけでなく熱伝達や化学反応など他の物理現象との連成が重要になる場面が多く、LESをそうした複雑な問題に対応させるには、さらなるモデル開発が必要です。 - データ処理とストレージの課題
LESは膨大な計算結果データを生成するため、データの保存、処理、そして有用な知見の抽出が大きな課題です。ここでもSimScaleのようなクラウドネイティブな環境が有効で、柔軟なストレージやクラウド処理機能によって、こうしたデータ処理の問題を大きく緩和します。
SimScaleで実現するLES: クラウドCAEで高精度解析をもっと手軽に
SimScaleを使えば、LES (ラージ・エディ・シミュレーション) 特有の複雑な準備や高いハードルを気にすることなく、シンプルな層流から複雑な乱流まで、幅広い流れのふるまいを解析することができます。
SimScaleは完全クラウドネイティブなCFDプラットフォームとして、Webブラウザ上で直接操作が可能です。これにより、従来のシミュレーションにありがちな以下の課題を解消します:
- 専用のハードウェアが不要
- 高性能PCやライセンスの導入コストが不要
- オフィスや場所に縛られず、いつでも・どこでもアクセス可能
- 同時に複数のシミュレーションを並行実行できる柔軟性
クラウドの計算リソースを活用することで、LESのような高精度解析も日常的に利用可能になります。
SimScaleは、エンジニアや設計者がより自由に、より早く、より簡単に高度な流体解析を行えるようサポートします。
SimScaleにおけるLESの活用
SimScaleでは、LES (ラージ・エディ・シミュレーション) を含む複数の乱流モデルを使用することができます。たとえば、k-ε (ケーイプシロン) モデル、k-ω (ケーオメガ) モデル、k-ω SSTモデルなどが利用可能です。
LESを適用すると、乱流の中で最も小さなスケールは空間的にフィルタリングされてモデル化され、エネルギーを多く含む大きなスケールはメッシュによって直接解かれます。この方法により、DNS (ダイレクト・ナビエ・ストークス) に比べて比較的粗いメッシュでも高精度な解析が可能となり、さまざまな流体解析の課題に対応できます。
SimScaleでは3種類のLES乱流モデルを使用することができます:
- LES Smagorinsky
未解像の乱流構造を表現するために、一定の粘性項を導入するサブグリッドスケールモデルです。LESの中でも代表的なアプローチです。 - LES Spalart-Allmaras
1方程式モデルで、乱流粘性のみを計算対象とすることで、計算をシンプルにしつつもさまざまな乱流効果を再現できます。 - LES Smagorinsky (direct) ※Incompressibe LBM(格子ボルツマン法)ソルバー限定です。
元のSmagorinskyモデルの考え方に近い一方で、少し簡略化されており、計算コストを抑えることができます。Smagorinsky (direct)では、時間ステップごとにLBMメッシュのみを計算すればよく、通常のSmagorinskyではLBMメッシュと有限差分メッシュの両方を計算する必要があるため、後者の方がコストが高くなります。
SimScaleでは、上記のメッシュ分割による空間の離散化からシミュレーションの実施、結果の確認までをウェブブラウザで実施いただけます。
SimScaleにおけるLESの活用事例
たとえば、航空機の着陸装置から発生する騒音 (ロア) を低減する課題を考えてみましょう。こうした空力的な課題にこそ、LESの強みが発揮されます。SimScaleでは、車輪や支柱まわりの空気の渦の発生状況を詳細に可視化することができ、航空機と乗客の安全性向上に貢献します。
この解析では、以下の設定が使われました:
- サブグリッドモデルとしてLES Smagorinskyモデルを採用
- メッシュ数: 約180万(SimScaleのSnappyHexMeshを使用)
- 自由流速 (空気) は、標準状態で35 m/sに設定
- 速度境界条件にはランプ関数を適用し、流速を低い値から徐々に自由流速まで増加させることで、収束性を向上
このように、SimScaleではクラウド上で高精度なLES解析を手軽に実行でき、実用的な設計検討や課題解決に直接活かすことが可能です。

もうひとつの事例では、SimScaleの格子ボルツマン法 (LBM: Lattice Boltzmann Method) による解析結果と、ドイツの2つの研究機関による風洞実験の結果との比較を通じて、その精度が検証されています。下の図は、この検証事例を示したもので、2種類の風洞試験結果とSimScaleによるLES結果を比較したものです。
このプロジェクトでは、LESとRANSのハイブリッド型乱流モデルk-ω SST DDES(Delayed Detached Eddy Simulation)が使用されました。この手法では、流れの領域ごとにLESとRANSを自動的に切り替えて計算することが可能で、効率と精度を両立させています。
その結果、SimScaleのシミュレーションと風洞実験との間で良好な一致が得られたことが確認されました。

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